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東京の夜景は残業でできている。

東京に住む 新米コンサルタントのweb日記です。

「なぜ日本人は過労死を辞められないのか?」を考える。

www.buzzfeed.com

繰り返される電通の過労死。

東大卒の高橋まつりさんが過労死された事件ですが、彼女が異常なまでに上司に追い詰められ、セクハラまがいのことまでされながら過ごした日々はまさに地獄だったと思います。

電通で過労死した高橋まつりさんの「最期の15日間」がエグすぎる

 

しかし、これが電通にとって初めての経験ではありません。実は、1991年にも電通社員が過労死した事実があり、これをきっかけに「過労による自殺」という物が公になりました。

1991年8月27日、電通に入社して2年目の男性社員(当時24歳)が、自宅で自殺した。男性社員の1ヶ月あたりの残業時間は147時間にも及んだとされる[3]。遺族は、会社に強いられた長時間労働によりうつ病を発生したことが原因であるとして、会社に損害賠償請求を起こした。これは、過労に対する安全配慮義務を求めた最初の事例とされ[1]この訴訟をきっかけとして過労死を理由にした企業への損害賠償請求が繰り返されるようになったといわれる[1][2][3]。2000年、この裁判は同社が遺族に1億6800万円の賠償金を支払うことで結審した[4]

判決では、酒席で上司からの中に注がれたビールを飲むよう強要されたり、靴の踵で叩かれるなどの事実も認定された[5]

電通事件 - Wikipedia

 

なぜ日本人は過労死するのか?

色々な議論がありましたが、最もしっくりきたのがこちら。

電通に入るようなエリート層は「降りたら死ぬ」ゲームを生きている

さらに、ここまで(電通に内定するまで)成功してきた人は死にもの狂いで頑張ってきたからこそ「ゲームを降りる」ことができない。これまで10倍、100倍の難関を潜り抜けたのだ。今さら普通に過ごしてきた人たちのような暮らしを選ぶことは、努力をフイにするのと同じ。降りることは社会的な死を意味する。

 確かに、僕も早稲田大学を出たからには有名企業にいかなきゃいけない!と思い込んでしまったときもありました。特に1年生のときは、恥ずかしいほどその傾向が強かったですね…。

しかし、それだけでは十分とは言えないんじゃないかな?と思いました。

「過労死」に向かっていく人はエリートだけなのか?そうではありませんね。

 

ワタミを始めとして、居酒屋も「過労死」が多いです。

失礼ながら、エリート気質がある、とは言えません。

居酒屋「庄や」との7年闘争を過労死社員の父親が激白

ワタミ渡邉美樹「365日24時間死ぬまで働け」

 

では、どんな闇が日本にはあるのか?

 

僕は、日本人の教育にあると思います。

 

子供のこの頃から

「なんでこんな事したの!」

「要らないことしないで!」

と怒られまくりますよね。

 

学校でも、会社でも同じだったなーって思います。

何か新しい選択肢を取ろうとすると、

「それは前例がない。」

「それは、凄く難しいことだ。」

「できないよ絶対。」

どこかで聞いたことがありますよね。

 

つまり、伸ばす教育ではなく、潰す教育ばかり日本人はしてきました。

 

すると、どういう人間になるか?

新しい選択肢が出てきても、色んな理由が勝手にわいてきます。

そして、無難なこれまで通りの、前例がある選択肢しか選びません。

 

そして、過労死のような現場が現れた時

労働がしんどすぎて、身体に異常が出てきて、

どうにかしなきゃいけない…

 

そうなったときに人はこう頭のなかで選択肢が現れるのですが…

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漫画で言うと、このイメージが近いかもしれませんね。

過労自殺...それでも「死ぬくらいなら辞めれば」ができない理由(マンガ)

 

こういう人間を量産しているのが、現在の日本の教育です。

それは「日本の教育制度」が悪いのではありません。

 

一人ひとりのお母さん、お父さん。

一人ひとりの先生。

一人ひとりのサラリーマン。

 

が、自ら考えて、なんとなく発生しているこの空気感です。

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書きながら見ていたブログでもいい例がありました。

これが”一部”じゃなくて、”日本全体”で通用しているのです。今も。

(スウェーデンでは)

日本だと通用する

「そういうルールですから」

とか

「仕事なんだからさ~」

というのが通用しないのです。

(中略)

スウェーデンでは、例えばルールから外れていても、事情を説明してゴリ押すことが可能だったりします。

でも、それをやるには背景や目的に加え、相手がそれをやらないと自分や、組織なり会社へどんな悪影響があるのかを説明し、納得してもらわないと進まないのです。

これは上司が部下に対して何かを指示する時も同じです。

単に

「上司の命令だからやれぃ!」

と言っても誰も言うことは聞かないでしょう。

スウェーデンに移住した35歳妻子持ちエンジニアのブログ

 

結局、こういうことなんですよね。 

だから、上っ面だけ経営陣が退陣してもなんの意味もありません。

電通の石井直社長が辞任表明 

 

むしろ、「何か問題があれば、辞めればいいだろう。だって前例あるし。」という、1mmも頭を使っていない最低の対応策をとったと言えるでしょう。

本質的に何も変わってないんですよ。

 

この空気感を抜本的に変えていく方法は、今の僕にはわかりません。

しかし、ここに間違いなく原因があり、この空気・常識・何かを破壊することにしか、過労死や、大企業のイノベーションの無さを改善していく方法は無いのではないかと思います。

 

「(悪いことに)なんでそんなことしたの!?」よりも、

「(良いことに)なんでこんなことしてくれたの?」をたくさん伝えましょう。

 

「前例がないことだからダメ」を、

「新しい成功例を作っていこう。」に変えましょう。

 

「できないよ絶対。」を、

「絶対に、君ならできるよ。」に変えましょう。

 

たった、それだけ。その精神が、日本の3万人の自殺者を救うはずなんです。

小さなブログですが、発信していきたいと思います。